私が、ツアコンをしていたときの話だ。
茨城県の、とある公立高の修学旅行の添乗でのこと。
1人の若い教師と意気投合した私は、帰りの新幹線で話に花を咲かせていた。
年も近く、互いに旅行好きという共通の話題もあり、
しだいに旅行の話で盛り上がっていった。
「添乗員さんは、もう一度行きたいけど、行けない場所ってある?」
唐突に彼はこう聞いたかと思うと、淡々と話し始めた。

彼は学生時代、カメラマンを目指し、カメラ1つで全国の鉄道写真を撮りに旅を続けていた。
そして大学4年の時、彼が子供の頃から1度は撮りたいと思っていた場所へと念願かなって行けることとなった。
そこは山陰のとある鉄道に掛かる『トレッスル橋』と呼ばれる鉄橋であった。
高さが40メートル以上もあるその鉄橋は大変に美しく、まさに紅葉シーズンにあいまったその情景は、彼の撮影意欲を掻き立てた。
決して多くはない本数の列車を時刻表でチェックし、気に入ったベストポジションを探しながら彼の撮影は2日に及んだ。
それは満足のいく撮影であった。念願の場所で思いを遂げた彼は、意気揚揚と十数本に及ぶフィルムを土産に、自宅へと引き上げていった。

数日後、自宅の暗室でフィルムを現像していた彼は、撮った覚えの無い
写真が混じっているのに気づいた。
それは、
『集合写真』であった。
橋と紅葉をバックに、女性が5人写っていた。
しかし彼には覚えも無く、加えて手ぶれの為か、写真の彼女たちの顔はぼやけてしまって、はっきりと写っていない。

「三脚のセット中に、うっかりシャッターを押しちゃったのかなぁ?」
仕方が無く、彼はその前後に撮った写真を並べてみた。
前後の写真は、鉄橋を遠距離から写しているものであった。
鉄橋の上を、まさに今列車が通過しようとしている瞬間を
オートドライブで連続撮影したものだった。
つまりその写真を含め、前後の写真は同じ場所から連続撮影したもので、その間にこんな写真が1枚だけ混じるわけが無かった。

「添乗員さん、実はその写真ここに持っているんだ」
彼は、おもむろに財布を取り出し、その中から写真を私に手渡した。
それには、確かに女性が5人写っていた。
ぱっと見た目には橋と紅葉をバックに写した『集合写真』だった。
しかし、眼を凝らすとそれは、
『集合写真』などではなく、紅葉の山々にはっきりと浮き出した5つの顔だった。
実体の無い何かがそこに写っていた。
つまりこの写真は、連続写真の中の1枚に間違いは無いのだが、その中にあるこの1枚だけに女性たちの顔が写っているのだ。

「後からわかったことなんだけど、僕の行く何年か前に列車がこの橋から転落事故を起こしたらしいんだ。
その際に、車体が下にあった缶詰工場を直撃したらしく、女性の方が5人くらい亡くなったそうで…。
あぁ、もう一度行きたいけど、この写真を見ると………。」
私は、写真をお寺などにあずけ、手放すよう彼に言った。

その後、彼には会っていない。
あれから数年、彼はあそこへ行ったのだろうか……。