小学校5年生のときの林間学校で、仲の良い付き添いの先生が話してくれた怪談話です。
その夜、森の中を一組の男女が、走っていました。
ふたりは、事情があって駆け落ちの途中でした。
しかし運悪く、逃げる途中で双方の親に見つかってしまい、森の中を逃げ回っていました。
「あっ!」
走り慣れない夜道を走っていたためか、彼女は道から足を滑らせ沢にある川へと落ちてしまいました。
普段は水かさも低く流れも穏やかな為、なんということのない川でしたが、前日まで降り続いた大雨の為、川は増水し流れも激しいものになっていました。
「……!」
彼は、流されて行く女性の手を必死に掴みました。
しかし、増水した川の勢いは強く、必死に掴む彼女の手を、今にも離してしまいそうでした。
『お願い!離さないで!!』
頭から水を被りながらも泣きそうな顔で、彼女は彼に頼みました。
その時でした。
遠くに自分たちを追ってくる、追手の灯りが見えました。
「あっ!」
追っ手に動転した彼は、うっかり彼女の手を離してしまったのです。
次の瞬間、大きなうねりが彼女を飲み込みました。
彼女の姿は川の中へと消え、再びその姿が現れることはありませんでした…。
恐ろしくなった彼は、慌ててその場から逃げ出しました。
どれくらい走ったのでしょうか…ひたすら暗い森を走り続けると突然ひらけた場所に出ました。
そこには一件の古びた旅館がありました。
恐怖と疲労困憊だった彼は旅館に飛び込みました。

部屋に通された彼は、彼女のことを思い出しました。
頭の中には、先ほどの彼女の流されて行く光景が浮かびました。
「で、でも、…あの時は仕方なかったんだ…」
彼は頭を抱えながら、何度も何度も、自分を納得させようとしていました…。
いつしか、走り続けた疲労が出たのか、彼は眠りについていました。
どのくらい眠っていたのでしょう…。

ペタ…、ペタ…、ペタ…、ペタ…

異様な音で、彼は目を覚ましました。
耳をすますと、誰かが廊下を歩いている足音でした。
静かに聞いていると、その足音は彼の部屋の近くで止まりました。

…ガラガラガラ…

その足音の主は、その部屋の扉を開け、静かな声でこう言いました。

『コ・コ・ジ・ャ・ナ・イ…』

…ピシャン!

扉の閉まる音がしました。

ペタ…、ペタ…、ペタ…、ペタ…

足音は彼の隣りの部屋の前で止まりました。

…ガラガラガラ…


扉の開く音がしました。

コ・コ・デ・モ・ナ・イ…

…ピシャン!

再び扉の閉まる音がしました…。
彼はその声に聞き覚えがありました。
その声は間違いなく、駆け落ち相手の彼女声でした。

「まさか?! 彼女が生きているはずないじゃないか…」

彼は頭から布団を被るとガタガタと震えました。

ペタ…、ペタ…、ペタ…、ペタ…

足音は、彼の部屋へと近づいてきます。

……ペタ…。

足音は部屋の前で止まりました…。
彼は布団の中で息を殺し、じっとしていました。

ガラガラガラ…

扉が開く音がしました…………。


…………しかし、いつまで経っても何も起こりません…。
「………?」
不思議に思った彼は、恐る恐る被っていた布団をめくってみました。
「!」
彼の目の前には、頭から滴を垂らしながら、びっしょりと濡れたまま、
怨みの形相で、ジッと彼を見下ろしている彼女でした…。

『コ・コ・ダ・ァ……』
彼女の口元は、ニヤリと笑っていました……。

…次の日、旅館の人がその部屋を尋ねると、部屋にはびしょぬれの布団だけが残されていました。


何だかちょっとありがちな話でしょうか…昔はメッチャ怖かった話です…。



投稿者:涼さん