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| あれは今から十年ほど前のこと。 私は、社員研修の名のもとアジアにおける警備会社の現状及び市場視察の旅に出ていた。 行き先は、ミャンマー。当時は慰霊団以外の日本人の入国は困難であり、外交工作、日本企業の紹介、賄賂などあらゆる手段を講じての入国であった。国内では、国情を見ても民間の警備など存在する訳もなく、(透き通った)水無し、(辛くない)飯無し、(真夜中の)電気無しの生活を強いられた。加えて、謎の監視人の同行で、私たちの行動は逐一何処かに報告され、自由のない生活に我々の疲労は頂点に達していた。 やがて、予定の日程も終了し帰国の途につくことになった。 帰国については、一端タイへ飛行機で出て、そこから日本へ向けての飛行機に乗ることになる。私たちは、ミャンマーよりタイへ向けて帰路についた。 朝早くの飛行機に乗り、昼前にタイに着いた我々はバンコック市内で、 水あり、飯あり、電気ありの生活の体験を兼ねた、最期の研修地へと向かった。 そこは、タイでも最大級の民間警備会社だった。 長い研修期間の最期の最期になって、ようやく当初の目的であった民間警備の実体にふれることとなったのである。 彼等の我々に対する歓待ぶりは、すばらしい物だった。すばらしい式典、実践武術の模擬戦、そして軍隊にも負けない強力な装備類。それらが我々の前で次々と披露されてゆく。 私たちは、ただ圧倒されていた。 そして最期に、勲章だらけの制服をびしっと着込んだ社長が壇上に登り、我々に向かってにっこりと笑いながらこう言った。 「そして、最期にもっともすばらしい物をみなさんにお見せしたいと思います! それはバンコック名物、ニューハーフのセクシー・パーティーです!!我社は日本から来られた皆さんのために50人の精鋭を集めました。」 「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」 疲労で、口数も少なくなっていたはずの我々が、一斉に地鳴りのような喚起の声を上げ、周りを見渡した。 社長は続けた。 「…と、言っても作戦開始には、まだ日が高いのでそれまで皆さんは、建物の中で作戦開始まで充分体力を回復していてください!」 「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」 再び地鳴りの様な喚起の声が上がった。 作戦は夜7時、会社グラウンドで開始と決まった。 作戦開始まで英気を養い仮眠を取る同僚達と別れ私は、会社1階にある研修室でテレビを観ていた。日本で言う20畳程の広い研修所に1台のテレビがあった。研修室は道路に面しており、道路側一面の窓は一面のガラス張りになっていた。 「眩しいなぁ…」 テレビに映り込む光が気になった私は、ガラスのブラインドを半分締め、テレビのスイッチを入れた。 ガチャガチャと乱暴にチェンネルをまわすと、画面にはシルベスタースタローンが映し出された。 「ランボー3 怒りのアフガン」だった。 英語とタイ語の字幕が下に並んでいる。当然アクション映画が大好きで何度かこの映画を観ている私にとっては、字幕が無くともストーリーは追うことが出来た。 ドドドドドドドッ! ババババババババババババッ! ヘリコプターが激しい音を立てながらランボーを追う! 激しい攻撃を避けながら、反撃を狙うランボー。 爆音が次第に大きくなってゆき、いつしか私の体はその重低音に酔いしれていた。 突然、場面が変わり軍服姿の男が演説のシーンになった。 しかし、話の繋がりからも、私の記憶からも妙なシーンだった。 この映画はアフガニスタンが舞台で、出てくるのはアフガニスタンの兵士、ソ連兵士、ランボーを含むアメリカ人兵士のはずだ。しかし、画面に出ている軍人は明らかにアジア系の軍人だった。 しかも、シーンが変わっているのにヘリコプターの爆音は相変わらず聞こえている…。 いや、戦車のキャタピラのような音すら聞こえている。 「こんなシーン、記憶にない…。」 私が、そう思っていると、 「大変です!クーデターがおきました!」 研修室のドアが開き、タイの警備会社社員が飛び込んできた。 私は慌てて研修室のガラス張りの壁を見た。 ブラインドの隙間から、装甲車とその脇で銃を抱えて走ってゆく兵士の姿が見えた。 社員は、ブラインドに駆け寄るとブラインドを開けた。 …空には、ヘリコプターが飛び国会議事堂上空を占拠していた…。 私たちは、テレビの前に釘付けになっていた…。 外では相変わらず、キャタピラの音と遠くの銃声が聞こえる。 軍部のクーデターは、国会、空港、放送局、その他政府主要機関を掌握、海外への航空便など一切がストップしていた。 バンコックには戒厳令が発令され、夜間の外出が禁止された。 宿泊先のホテルは、立入禁止区域になった。我々はホテルに戻る事も出来なくなった。しかも明日は帰国予定日。しかし空港が封鎖されている状況下で、帰国できるのか? 加えて、日本の我社に一向に連絡がつかない。誰も出ないのだ…。 私たちは不安に包まれていた。 「…みなさん…とっても困ったことになりました…。」 ショックのあまり意気消沈している私たちの前に、先の社長が姿を見せた…。社長はうなだれている。 「みなさん、大変に申し訳ないのですが…今晩7時から予定していたパーティーですが…、クーデターが起きてしまいまして…」 「えぇ、分かっています。我々もこんな状況ですからそれは構いません…。」 我々の代表が重い口を開いた。 「ありがとうございます。みなさんにそういって頂けて私も安心しました。でも、安心してください。我々も出来る限りの事をしました。」 「…」 「それでは、8時半でお願いします。」 「?」 「彼女たちの乗った車が1時間半程遅れてますので…。」 「?」 「どうせ、みなさんホテルに帰れないのですから、夜通しと言うことで変更させて頂きましたが、よろしかったですよね。」 「へ?」 呆然とする我々に、大きなガッツポーズを見せながら社長が言った。 「タイの人間がクーデターくらいで、パーティーをやめると思いますか?今夜は夜通しで思いっきり遊びましょう!!」 その晩、警備会社グラウンドではニューハーフ50人の盛大なセクシーパーティーが行われ、グラウンドでは破廉恥な光景が繰り広げられた。 と、言っても盛り上がっているのは、タイの警備会社のメンバーが殆どであった。タイの人の逞しさにただ、ただ面食らう我々。そしてグラウンドのネットフェンスを挟んだ向こうで、数台の装甲車と銃を構えた兵士達が呆然とこの破廉恥なパーティーを見つめていた…。 翌日、寝不足と二日酔いで真っ赤に目を腫らした我々一行は、軍兵士によって占拠中の空港に向かい、必死に日本ゆきのチケットを入手、全員ばらばらの航空便で帰国の途についた…。 帰国翌日。 ようやく帰国した我々に研修課の室長が声をかけてきた。 「おつかれ〜!リフレッシュ出来た?おみやげは?」 「おみやげ? 室長…、その前に何か忘れてません?」 「へ?」 「クーデターが起きてたんですけど…」 「あぁ、でも保険もあるし、俺は気にしてなかった…。」 「何?」 「万一のことがあっても、君たちには保険がかけてあるから会社は損しないしな…。」 「何だと!俺たちが帰って来れるか心配しないのかッ!」 次の瞬間、我々の何人かが室長の首を締め机の上に引き倒していた。 怒りにまかせたひとりが、室長を殴ろうとした瞬間、上司が止めに入った…。 まさに、ランボーのラストシーンだった…。 |
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