今から十年程前。私がアニメーション業界で働いていた時、ある有名なベテラン演出家(監督・総監督)から聞かされた話である。
       *    *    *
まだ駆け出しだった昭和40年代、彼は東映で専属のアニメーターだった。
その日もいつもの様に、大泉の東映にある自分の机で新作映画の動画を描いていた。
新人の彼には1日のノルマを仕上げるのも一苦労であり、
いつもの如く気付くとすでに辺りは暗くなっていた。
当時の東映周辺は、日が暮れてからの夕食や夜食の確保は至難の技であった。
慌てた彼は食料を余分に確保している友人に、何か分けて貰おうと席を立った…。
「吉田!」
しかし、百畳はあろうかという作画室の中に、友人の姿はなく
部屋の中にいたのは、彼ただ1人であった。
『不夜城』と呼ばれた東映で、しかも50以上もの動画机の並ぶ大部屋である。
いつもであれば、何時であろうが誰か数人は残っているはずであった。
「ついてないな…。」
そう呟くと彼は、再び机に座り続きの動画を描き始めた。
「あっ!」
数分もしないうちに突如、部屋の明りが消えた。廊下で守衛の足音が聞こえる。
「あの、おじさん。俺がいるのに電気消してっちゃったよ…。まいったなあ…。」
仕方なく彼は、暗い部屋の中で仕事を続けた。


−パラパラッ -

彼は顔を上げた。誰もいない部屋の中で何かが聞こえた。

- パラパラッ -


それは、動画をチェックする時にパラパラと紙をめくる音であった。
『なーんだ。まだ、誰かいるんじゃないか。 何か食べ物もってないか聞いてみよう。』
彼は立ち上がり様に言った。
「おーい!誰かいるのかい。」
しかし、返事はない。
真っ暗な部屋の中、動画机が明るく光っているのは、彼の机以外に無かった。

『あれーっ。気のせいか?』
彼は、首をひねり再び机に向かった。


− パラパラパラッ -


音は彼の向かいの机から聞こえる。
慌てて、立ち上がり確認するため向こう側に回り込んだ。
しかし向かいの机には、誰もいなければ机に明りもない。


− パラパラパラパラッ -


その音は、今いた自分の机から聞こえた…。

彼は這いずりながらその場を後にし、以来夜中の仕事は絶対にしなくなったと言う。


現在、その部屋には1台の動画机もなく違うセクションの部屋となっている…。