つい二日ほど前、或る高校の説明会に出かけたときのことだ。
僕の住む茨城県T市は、県内でも少しレベルの高い地域のようで、当然のように高校もT大何人合格、国公立医学部何人合格と華々しい(のか?)。
その日、僕は友人のF君と一緒に市内でも高レベルとされる高校の説明会に行っていた。
かなり人気のある高校の為、説明会に参加する生徒数もゆうに千人を超している。
加えて、どうやらその高校の体育館かホールが現在建て替え作業中の為か、説明会は市の施設のホールで行われた。
そのホールは建てられてまだ間もなく、かなり新しい。
そのホールでの話である。

説明会は、やや予定より遅れ気味だったが順調に行われ、僕が密かに楽しみにしていたラストの吹奏楽部の演奏の段となった。
隣のF君は、後ろの席に座った他校生のあまりの煩さに、かなり不機嫌そうな顔をしている。
やがて吹奏楽部の演奏が始まり、
「巧いんだか下手なんだかわからねえ」
などと悪態をつくF君に、私は小さく相槌を打ちながらも、目は壇上の吹奏楽部に集中していた。
さらさらと流れるような笛の音、管楽器の高らかに歌い上げる旋律。
F君はああ言っているが、僕は「結構うまい物だなぁ」と感心していた。
その時である。
舞台の上を眺めていた僕は、ふと一人の少女に目を留めた。
フルート演奏者と思わしき一団のすぐ横に、その少女は何をするでもなく立っていた。
楽器も持っていないし、楽譜をめくる人だとも思えない。
当然、演奏者は皆自分で楽譜をめくっている。
「変だな?」
と思った瞬間、僕は彼女に『きろり』と睨まれた。
けれど、睨める筈がないのである。
僕たちが座っている客席は暗く、明るい舞台からではただ闇のようにしか見えないはずである。
僕も以前経験があるが、そのお陰で見られていることを意識しなくてリラックスできていい。
しかしその時はそんなことを考えている場合ではなかった。
明らかに他の生徒とは違う制服を纏ったその少女は
きろり、と僕を睨み付け、
目が合うと-------- 
笑った。
にいっ、と口の端を持ち上げて、笑った。
ふと我に返ると、隣でF君が小声でドラムを賞賛していた。
「ありゃー巧いな。部活とは別にバンドやってるよ、きっと」
僕が相づちを打ちながら再び壇上に目をやると、少女は既にいなくなっていた…。
その後説明会は、つつがなく終わった。
       ※       ※       ※
しかし、今考えても不思議なことだった。
僕の視力はかなり悪い(眼鏡をかけて、ようやくBBである)。
新聞や本を読むときだって、ついつい眼鏡を探してしまう位なのに、あの少女の姿だけはしっかりと見えていた。
彼女の少し色素の薄い髪、赤いラインの入ったセーラー服、少しルーズソックス気味だった靴下、ピアスのようにも見える左の耳の二つ黒子…
何故かはっきりと覚えている、笑んだときの唇の形。
…こうして書いていて、読み返すとなんだか僕が彼女に惚れてしまったような、そんな書き方になっている(笑)。
それほど、物凄くインパクトが強かった。
一瞬と言うほど短くもないけれど、それほど長い間でもない。
ただその瞬間、物凄く怖かったことを覚えている。
あんなに理屈抜きに怖いと思ったのは初めてだった。
彼女が何だったのか、僕には興味もないし詮索して良いことでもないと思う。
ただ、あの笑みの理由が少し気になりだした、今。
もし他の学校の説明会に行って、再び彼女にあったら……。

そんなことを少し、期待してしまう。



投稿者:犬丸麟太郎さん