東京・池袋にある、超高層ビルの夜間警備に派遣された私の友人の話である。
警備の初日、彼は先輩についてビル内を案内されていた。
「…この時間になるとフロアには誰もいなくなる。チェックするドアはこことここ。
時間はこれこれ。誰か不審な人物を見かけたら決して一人では追いかけないように。
必ず他のフロアの警備員を呼びよせて…。大丈夫か?
明日からは一人で巡るんだからな。」
「…わかりました。」
彼はうなづいた。
「…でも先輩、さっきこのフロアはもう誰も居ないって言いましたよね。でもあそこ…。
あの壁の所に男の人が立っていますよ。」
「何だって!何処だ!」
彼は薄暗がりになっているエスカレーター脇の壁を指さした。
壁の隅に、ぼうっと男が立ってこちらを見ている。

「…ああ、あ・あの人…。」

先輩警備員はチラリッと無関心な視線を投げ、その場を足速に離れながら言った。

「…あの人はいいんだ…。」