そう、それは静まり帰った夜のお話…。
タクシーの運転手木村さんは勤務を終え、会社へと帰る途中だった。
会社へ戻り、自分の車に乗り換えて後は自宅へ戻るだけ。
毎日がこうやって過ぎていく…。
時計は夜中の1時を回っていた。
「今日はお客が少なかったな〜、明日も頑張ろう。」
そう思いながら車のスピードを少し上げた時だった。
そこは毎日通る人気の全く無い闇に包まれた竹林が左手の方にあった。
ふと目をやると髪の長い全身真っ白な服に身を包んだ女性がそこに立っていた。
白い服なので暗闇でも車のヘッドライトに反射して目にとまったのだろう。
「こんな時間に何をしているのだろう?
 こんな時間じゃ運送トラックくらいしかこの道は通らないのに…」
いつのまにか木村さんはタクシーをその髪の長い女性の前に止めていた。
扉を開けると女性はタクシーに乗りこんだ。
「どちらまで?」
そう木村さんが聞くと女性は黙って指をさした。
(変な客だ…)
そうやって木村さんは思ったらしいが、とりあえず女性が指をさす方へ車を走らせた。
分かれ道や曲がり角のたびに木村さんは女性の方を振り返り、女性は行き先を指差すだけで木村さんに伝えていった。
何度か曲がり角を曲がってまた分かれ道が来たので車を止めて女性の方に振り返ると、女性はお金を急に手渡して勝手にドアを開け出て行ってしまった。
「変わった客だったなぁ。」
そうやってその日は終わった。

次の日、木村さんはまた同じ時刻に竹林を通り、例の女性を見つけ、またタクシーに乗せた。
昨日と同じことを繰り返し、その女性は昨日と同じところでタクシーを降りて行った。
その次の日も、またその次の日も。
毎日毎日欠かすことなく女性は竹林のトコに立っていて、
同じ時刻に木村さんのタクシーに乗って同じ場所で降りて行った。
木村さんは次第に彼女を振り返らずに彼女の行き先までの道を覚えた。
何も喋らない彼女だったが、毎日木村さんは彼女に喋りかけた。
その髪の長い女性は、まだまだタクシー運転暦2年の若い木村さんにとって、初めての常連客であり、独身だった木村さんにとってその女性は心の支えになっていたのだ。
木村さんは次第に何も反応の無い彼女に惹かれていった。
そんな毎日が約半年続いた…
ある日木村さんは彼女が一体どこに住んでいるのか知りたくなった。
今日も同じ時刻に同じように乗ってきた彼女。
同じ場所で降りて行ったあと、木村さんは彼女が降りて少し経ってから彼女の後をつけて行った。
見失わないようにつけていたのに、急に彼女は姿を消してしまった。
「気付かれたかな?」
そう思い不安になっている彼の前に、また急に彼女が曲がり角から現れた。
「しめた!」
木村さんはそう思いながら再び彼女の後をつけて行った。
その女性は古いアパートの一階に姿を消してしまった。
アパートはボロボロで今にも崩れそうだった。
人が住んでいるような気配は全くしなかった。
木村さんは気になり、女性が入っていったと思われる部屋の前に立った。
壁が崩れている箇所があり、そこには小さな穴があいていた。
木村さんは思わずそこから中を覗いた。
部屋の中は真っ赤で、何も見えなかった。
次に木村さんはアパートの裏へまわり、そこの小さな隙間からも中を覗いた。
しかし、中はただ真っ赤なだけで何も見えないのだ。
木村さんは少し気味が悪くなり、その場を後にした。
次の日休暇をとってアパートの近所の住民に聞きこみを始めた。
「すいません、この先の古いアパートに住んでいる髪の長い女性について教えてください。」
そうやって何件か聞いて回った。
しかし、どの家の人も皆「分かりません。」とすぐにドアを閉めてしまうのだ。
諦めかけて帰ろうとした時、道の向こうから70歳前後の老婆がゆっくり歩いてやって来た。
最後のチャンスと思い、もう一度木村さんはその老婆に同じことを聞いてみた。
すると老婆は、
「たぶん、あんたの聞いている、そのアパートの女性は私の孫じゃ。
 半年も前にどこかの人気の無い道で、車に轢き逃げされて死んでしもうたよ。
 暗い夜道での事故だったそうで、誰も気付く人がおらんでな、孫が見つかったのは 明け方、明るくなってからだったそうじゃ。可哀想に、後からそこを通った、トラックとかにも轢かれたらしく、見つかった時には、どこが顔かもわからんぐらいに、血で真っ赤だったそうでな……年頃で結婚もしたかったじゃろうに…。」
そう泣きながら語ってくれた。
木村さんは急に寒気がしたと言う。
それで老婆に今までのことと、アパートを覗くと真っ赤だったことを打ち明けた。
すると老婆の顔はみるみる青くなり、そのまま何も言わず木村さんの前から立ち去ってしまった。
そこに残された木村さんはやっと気がついた。
自分があのアパートの小さな穴から見えたのは一体何だったのか…。
…そう、彼女は木村さんが自分を追いかけて来ていたのを知っていたのだ。


木村さんが見たあの真っ赤なものは…その女性の
目玉…。




投稿者:なかみちさん