海田氏は私の高校時代の先輩で、様々な霊体験をしてきた人である。
その彼の体験の中で一番恐ろしく忘れられないものとは、『笑顔』だという。
小学校4年生の夏休み前日の事。
終業式が終り自宅に帰った彼は、明日から始まる夏休みを待ちきれず、
通知表もそっちのけで、友達の家へと飛び出して行った。
夕方、家に戻り通知表を出そうと鞄の中を覗くと、夏休みの宿題が
入って無いことに気づいた。
「まだ学校は開いているかもしれないから、早く行ってきなさい!」
「でも…。」


彼は夕方の校舎が嫌だった。誰も居ない筈の教室の中から人の声が聞こえたり、目の前の生徒が突然いなくなったり…。
それは、いつもひとりで夕方の校舎にいる時だった。
「でもじゃありません!早く行きなさい!ぐずぐずしていると学校が閉まっちゃうわよ!」
いつになく厳しく母親に叱られた彼は、仕方がなく夕方暗い学校へとむかった。

毎日通う道を、小走りに走って行く。
5分程走るといつもの見慣れた、石碑が見えてきた。
この石碑をすぎるともう学校だ。急いで、石碑の角を曲がり学校正門へと向かう。
しかし、正門はすでに閉められていた。
ひとけの無い校舎はうす暗くひっそりと静まりかえっている。

−こまったな…。そうだ!通用門なら開いているかも。−

彼は迷う事なく通用門のある校舎裏側へと急いだ。
ネットフェンス越しに、15メートルも離れていない校舎を左手に見て走る。
校舎の窓に明りはなく、ただ漆黒に包まれた廊下が続いていた。
やがて、電柱の明りに照らされた通用門が見えてきた。
あたりは既に暗く彼はその光に向かって一目散に走った。

−開いているかな。誰かいて欲しいな。−

そう思った瞬間、背後で人の気配がした。
驚いた彼が振り向くと、一階の廊下に誰かがいる。
校舎の窓に頭をのせる様にじっと、こちらを覗いている。
青白い顔をした髪の長い少女だ。

−何年生の子かな。とにかく誰かいるし、良かった。−

すると、突然!少女がこちらの方へ向かって、もの凄い勢いで廊下を真っ直ぐ走り出した。
髪をなびかせ、少女が彼の横の廊下を通りすぎる。
少女はゆっくりとこちらをふり向き、生気の無い顔で彼の顔を見つめ、にやりと笑った。
体に電流が流れる様なショックが走り、彼は自分の目を疑った。

少女の首の下に胴体は無く、ただ廊下と同じ黒い空間があった。

そして、少女だと思ったその顔は、髪を振り乱した青白い顔の男だったのだ。
顔はそのまま彼の横を通り過ぎ廊下に突き当たり、吸い込まれる様に消えた。

その後の事は彼自身よくおぼえていないそうだ。
ただその後、学校そばの石碑の前で泣いていたところを、近所の人に家まで連れて来てもらったとの事だった。
両親はドリルを取ってこられなかった彼が、途方にくれて帰るに帰れず
泣いていたのだろうと、彼の言う事を信じなかった。
そして、卒業まで幾度となくこの学校での霊体験を、彼はし続ける事となる。
              ×  ×  ×
 『刑場跡地』- 学校そばの石碑に掘ってある、この言葉の意味を知ったのは 中学生になってからだと、海田氏は私にいつも照れながら話すのだ…。