友人Tくんの話である。
彼は、人間的にいい奴であったが、いつまでも彼女が出来なかった。
いや、正確に言うと、出来ないのではなく長続きしなかった。
理由は、友達なら誰でも判っていた…。

「水虫持ち」

それも、足の原型が判らないほどの
「水虫」だった。
市販されている、ありとあらゆる薬を使ったが、根気のない性格のため、決まった用量、回数を守れず、治るどころか、年々悪化の一途をたどっていた。
そのため、いつも我々の家に遊びに来るときは気を使って、靴下を 3重、4重に履いてやってきていた。
結果、水虫に加えアセモにも冒され、真っ直ぐ立つことも困難な様子であった。
そんな、状態の彼と彼女が長続きするわけはなかった。

最近、Tくんはようやくできた彼女と「水虫」のことで別れ話になった。
「おれ、死にたいよ…。」
彼女をあきらめきれない彼は、仲の良い友人に相談を持ちかけた。
「おい、T。 泣いてないでさぁ、医者へ行ったら?」
「医者はいやだ!」
彼は、首をふった。

「だって、足が腐ってきたらおしまいだよ…。」
彼は、友人の説得にも耳を貸さず、ただ泣きじゃくっていた。

数週間後……。
タイ国への出張から戻った友人は、帰るなりTくんを呼び出した。
Tくんと彼女は辛うじて別れてはいなかったが、彼の話を聞く限り、別れるのは時間の問題であった。
友人は話を聞いて、仕方なさそうに、
「T、 これ、おみやげ。」
と、茶色い1本の小瓶を渡した。
「これは、向こうの水虫の薬だ。
とりあえず、気づいた時でいいから塗ってみな! たぶん直るから。」
「ありがと。 そう言うなら、とりあえず試すわ…。
Tくんは、所詮気休めだという表情で、しぶしぶ小瓶を受け取った。

それから……
しばらくして、友人の元にTくんから電話あった。


「お前からもらった
おみやげを、塗ったらさぁ、直ったんだよ!」
Tは興奮していた。
「…良かったね。」
Tの興奮と裏腹に友人は冷めていた。
「いや〜。 いいよ、この薬。 おかげで彼女とのヨリも戻りそうだし、ほんとにありがと!」
Tは、相変わらず興奮していた。
「T、直ったんなら、その薬はもう使うなよ…。」
彼の感激に水を差すように、冷たく友人は言った。
「え〜? だってまだ完全に直ったんじゃ無いかもしれないし、
実際、あればもう1〜2本欲しいくらいだよ。」
Tくんは続けた。
「いろんな薬を試したけど…、なんでこれは効いたのかなぁ?
他のとはやっぱり、成分が違うのかなぁ。」

「まぁな…。」
友人は小声で答えた。
「やっぱりそうか! なぁ、何が入っているんだ? 何が効いたんだ?」
「………。」

友人は黙ったままだった。
「なぁ、なんだよ。 教えてくれよ!」
「………。」
しかし、友人は押し黙ったまま答えようとはしない。
しばらくの沈黙ガ続いた後、業を煮やしたTくんは、友人に向かって怒鳴った。
「じゃぁ、いいよっ! 絶交だかんな! いいなっ!!」
そのとき、電話の向こうで声がした。
「………す…い………ん……。」

はっきり聞き取れない。 すかさず彼が聞き返した。
「えっ? なに?」
友人は、今にも消え入りそうな小声で、こう言った。

「……す、……水   銀………。」

「…!…」

Tくんからの電話は、そこで切られた…。



 * 水銀入り「水虫薬」
  実際、タイ国やその周辺国では、水銀入りの水虫薬が
  一般的な水虫薬として販売されています(とにかく効く)。
  おみやげとして持ち込む日本人も多い代物。

  皮下に浸透し、水虫の原因である菌を一撃で抹殺するその威力は
 
当然、人体も猛毒であり、継続的に使用し続けると「水銀中毒」で
  死に至る場合もあります。
  日本では、危険のため厚生省が認めていない薬の一つ。



  追伸. Tくん、あの時はごめんなさい…(にしうらわ)。