「コックリさん、コックリさん、いらっしゃいましたら、
                       どうぞこの10円玉に降りてきてください…。」 

私たちが好奇心にひかれ『コックリさん』をやっていたのは、今から10年以上も前の中学生のころだった。
当時、爆発的にコックリさんが流行していたため、私たちも流行に遅れまいと、毎日のように放課後 『生徒会室』で生徒会の連中を集めてやっていた。
初めのうちは誰が誰を好きだの、自分は何と言う人と結婚するのかだの他愛のない質問で盛り上がったりしていたが、そのうちに今降りて来ている『コックリさん』は一体何なのかという質問へとなった。

「コックリさん、あなたの正体は何ですか?。狐ですか、それとも狸ですか?。」
……ニ・ン・ゲ・ン……
「名前は何と言いますか?。」
……フ・ジ・モ・ト……
『藤本』 と名乗る人間らしき霊の出現に私たちは興奮した。
私たちの間では、人間の霊は得が高く動物霊と違い祟らない。
その上、当時出ていたその手の本では、的中率も高いと言われていた。
私たちは、翌日から一層『コックリさん』へとのめり込んでいった…。

ある日、いつものように放課後『生徒会室』で『コックリさん』をやっていると、めったに顔を出す事のない生徒会長のMがやってきた。
彼は入って来るなり、私たち(私、S、他2人)を覗きこみ、こう言った。
「おっ! 馬鹿が揃ってインチキ占いをやってらぁ!」
M自身は、私たちに悪気や恨みがある訳でなく、ただ単によこやりを入れつつ、きつめのギャグを言ったつもりだった。
しかし、彼と折り合いが悪く、その手のギャグを理解しない人間が1人いた。
生徒会副会長であり、この『コックリさん』の首謀者であるSである。
「S! お前、こんな事して期末試験のヤマでも張ろうってえの?
そんな狸だか狐だかわからん連中を信用する前に、帰って勉強しなさいっ。」
「なんだと!」
Sが叫ぶと同時に、文字盤の上の10円玉が激しく回り始めた。
10円玉は、しだいに大きく、そして早く、激しく回りながら円を描き続ける。
Sと他に指を10円玉にのせている2人も、指が10円玉から離れないように必死になっている。
「こ、これはいったい…。M!やめろ。藤本さんが怒ってる!」
「馬鹿じゃん! そんな脅しをかけたって、怖くないぜ!」
「…。」
「お前ら全員、脳ミソ腐ってるんじゃない。コックリさんに名前なんかつけてよ。」
10円玉の回転はさらに大きくなってゆく…。
そして、益々エスカレートしてゆくMの横槍にたまりかねついにSは、
顔を真っ赤にし、大声で叫んだ!。
「藤本さん!どうぞ、Mを呪ってください! 殺しても構いません!!」
途端、あれだけ激しく回っていた10円玉がまるで波が引くかの如くスーッと止まった。

『はい』 

10円玉はそう書かれた文字の上でピタリと止まった。
そして、そのまま『藤本さん』は2度答えることはなかった。
気まずい雰囲気が室内に漂った…。
Mは一言も口をきかずそそくさと『生徒会室』を出て行き、私たちもしばらく『コックリさん』をやるのはよそうという話になった…。
         ×   ×   ×
次の日の放課後、私たち4人はいつものように『生徒会室』には集まらず、本来自分達が所属しているクラブ活動に各々参加していた。
私も例外ではなく暫くぶりにバスケット部の練習に参加していた。

夕方の4時半をまわった頃だっただろうか。
突然校庭の中に、けたたましいサイレン音と共に救急車が入ってきた。
救急車は校庭を突っ切ると校舎1階にある『生徒会室』の前に止まった。
大勢の人だかりができ、しばらくして中から誰かを運び出し救急車は再び、けたたましいサイレン音を響かせ走り去っていった。
身内の事故かもしれないと思った私は急いで『生徒会室』へと向かった。
騒ぎの治まった『生徒会室』の入り口では1年生の書記の女の子がひとり取り乱して泣いている。
「どうしたの、誰かケガでもした?。」
「生徒会長が…、生徒会長が…。」
ただごとでない彼女の怯えように不安を感じた私は、『生徒会室』のドアを開け中にとびこんだ。
「うっ…。」
室内の異様な匂いにたじろいだ。椅子や机が散乱する中、吐き戻したのであろう血の混じった汚物が床一面にあった。
尋常でない事が起きたのは明白であった…。
その後、やっと冷静を取り戻した彼女に、その時Mに何が起きたのか聞くことができた。

その日、彼は珍しく2日も続けて放課後『生徒会室』へとやってきた。
先に部屋に入って仕事をしていた彼女は軽く一言二言挨拶を交わし、明日までに仕上げなければならない予算案の作成を続けた。
「あれ? 何だよこれ。」
Mは怪訝そうな声を上げながらゴミ箱に何かをまるめて投げ込んだ。
そして、Mは彼女に対し声を掛けようとゆっくりこちらを向いた時であった。
「… ぐあぁぁぁっ …」
大きな声を発しながら彼はその場にうずくまった。
彼女が驚いて駆け寄ると、彼の足元はすでに血の混じった汚物に、まみれていた。
そして、突如立ち上がると今度は、奇妙な声を張り上げ、口から汚物を吐きながら『生徒会室』内を暴れまくった。
机や椅子を投げ散らし、狂った様に床の上をのたうち回った。
その間、彼女は部屋の隅で何もできず震え泣いていたという。
そして、床に倒れた拍子にMはピタリと動かなくなり、それを見た彼女は職員室へと飛び出して行ったのだった。

私は後からやって来た、Sと共に彼が捨てたと言う何かを探した。
丸めて捨ててあったそれは、昨日帰宅途中に燃やして捨てたはずであった
『コックリさんで使った文字板の燃えかす』だった。
- 私たちは絶句した…。
         *   *   *
Mの病名は『急性の脳腫瘍』との事であり、私たちが病院に見舞いに行ける様になった時でも、右半身麻痺の症状で言葉さえ満足に話せない状態であった。
彼の両親が医者から聞いた話では、腫瘍の状態からみて、昨日今日に発病したのであろうという事だった。
ただ、医者は
急すぎる発病に首をひねっていたといい、両親は何か原因に心当たりが無いか私たちを質問攻めにした。
当然、『コックリさん』の話など出来るわけも無く、結局体育で転んだことが原因ではないかと言う事に落ち着いた………………。
         *   *   *
後日、彼に聞いた話ではあの倒れた日、朝から誰かに見られている冷たい気配を感じていたと言う。

(しかし、彼自身未だに幽霊などの話を全く信じようとはしない…。)
Sは1年間、毎日病院まで通い彼が退院するまで、その日学校で習った勉強をまとめたノートをMに届け、教え続けた。

その後、Mもすっかり元気になり、2人は今でもかわらず友人である。