「か、か、監督!。出た!出た!」

夕方、電気の配線工事の親方が青ざめた顔で事務所に飛びこんできた。
「どうしたんですか、親方?。」
「どうもこうも、出たんだよ、幽霊が!」
「……………!」
          *     *     *
私の会社で警備をしているその建物でその事件は起きた。
紀尾井町から移築に2年余りを要した、その建物は完成まであとわずかであり、残る工事は電気の配線工事と内装の一部、それと外装の塗装のみであった。

その日も電気の配線工事業者が、地下にある電気用のピット(広さは3畳程の部屋で、この建物の電気配線を集中結線するための場所)にもぐっていた時の事だった。
その時中にいたのは、業者の親方M氏だった。
「ん?」
配線作業中の彼の背後を誰かが通り過ぎた。
しかし、狭いピットの中だ。誰かが通り過ぎるなどという事は有り得ない。

彼は頭をふった。
「疲れてるな…。あと、少しやったら今日はもう引き上げるか。」
再び作業に取掛ると、また何かが彼の背後を通り過ぎた。
とっさに彼が振り返ると、白い人影のようなものがスーッと
ピットの出口から出ていくのが見えた。
その時はっきりと彼には影が、白っぽい着物を着た女性に見えた。

「あれ?なんでこんな所に女性がいるんだろう。」
不審に思った彼は、女性を追いピットの出口から体を乗り出した。
1階の静まりかえった廊下に顔を出したM氏の目には、つい今し方まで、そこにいたはずの女性の姿を見つける事はできなかった。
この建物は、某所より旧家を移築したものであり廊下1本にしても直線で50Mはある。
例え、ピットから出て走ったとしてもM氏からわずか2〜3秒で
姿を消す事はできるはずがない。
また、仮にできたとしても板張りの廊下である。大きな、足音がするはずであった。
ゾッとなった彼は工具を片付けるべくピットへと戻った。

工具を片付けている彼の背後に誰かが近付いてくる足音が聞こえる。
彼は今起きたこの事を、やって来る第三者に伝えてこの場から立ち去りたかった。
「おい!今、ここでなぁっ…………………………!。」

 彼が振り向いたそこには白い影が、もやもやと漂っていた。